東京地方裁判所 平成元年(ワ)7456号 判決 1997年3月27日
原告
明和海運株式会社
右代表者代表取締役
蓮尾明
原告
興洋タンカー株式会社
右代表者代表取締役
大内曻
右両名訴訟代理人弁護士
小川洋一
同訴訟復代理人弁護士
森荘太郎
同
松井孝之
同輔佐人
岸本宗久
被告
東京計装株式会社
右代表者代表取締役
髙野山太作
右訴訟代理人弁護士
内藤潤
同
原壽
主文
一 原告らの本件各請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告東京計装株式会社は、原告明和海運株式会社に対し二億九四〇五万三七二一円及び原告興和タンカー株式会社に対し六一九八万円並びにこれらに対する平成元年六月二九日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、別紙船舶目録記載のケミカルタンカー「第六明和丸」(以下「本船」という。)にベンゼンを積込作業中に爆発炎上した事故について、本船の所有者である原告明和海運株式会社(以下「原告明和海運」という。)及び本船に乗組員を派遣していた原告興洋タンカー株式会社(以下「原告興洋タンカー」という。)が、本船の貨物タンク内に設置された被告東京計装株式会社(以下「被告会社」という。)の製造に係る液面計フロートの構造上の欠陥が右事故の原因であると主張して、被告会社に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 当事者
(一) 原告明和海運は、海運業などを営む株式会社であり、本船を所有している。原告興洋タンカーは、船員派遣業などを営む株式会社であり、本船に乗組員を派遣していた。
(二) 被告会社は、各種計器、量器及び衡器の製造及び販売などを業とする株式会社である。
2 本件事故の概要
(一) 本船は、昭和六〇年一二月一七日(以下、時刻の記載をしたものは、すべて右同日の時刻である。)の午前八時三〇分ころ、訴外三菱商事株式会社(以下「三菱商事」という。)所有のベンゼン(以下「本件ベンゼン」という。)を積み込むため、岡山県倉敷市所在の訴外三菱石油株式会社(以下「三菱石油」という。)の水島製油所第三桟橋第七バースに着桟した。なお、本船と右第三桟橋及びその周辺の状況は、別紙図面一記載のとおりである。
(二) 本船には、船首から順番に一番、二番、三番及び四番の各両舷タンクの合計八つの貨物タンク(以下「本船各タンク」という。)があった。なお、本船各タンクの位置関係は、別紙図面二記載のとおりであり、一番両舷タンクの構造の概略は、別紙図面三ないし五記載のとおりである。
そして、本船各タンクには、測深管や荷役用の配管等のほか、被告会社が設計、製造した液面計が、それぞれ一個ずつ設置されていた。右液面計は、フロートと呼ばれるドーナツ状の浮きが、タンク内の液面の高さに応じて上下する仕組みとなっており、これによってタンク内の液位を計測することのできる装置であり、その構造は、別紙図面六及び七記載のとおりである。なお、フロートの中心には、ガイドパイプと呼ばれるパイプが垂直に貫通しており、フロートがガイドパイプを離れてタンク内を水平方向に浮遊することはない。
(三) 本船の乗組員は、港に所在する製油所側の配管弁と本船の荷役管との間にベンゼン荷役用ホースの取付作業等を行った後、午前九時一〇分ころから、本船各タンクへのベンゼンの積込作業を開始した。本船に積み込む予定のベンゼンの総量は一一三一klであり、まず、四番、一番、三番及び二番の各両舷タンクの順に、各タンク内のベルマウス(別紙図面四参照)が浸るまでベンゼンが流し込まれた。次いで、午前九時二一分ころから、二番、三番、一番及び四番の各両舷タンクの順に、出荷ポンプを使って本格的な積込作業が開始され、二番及び三番の各両舷タンクへの積込みが完了し、一番両舷タンクにベンゼンを積込作業中の午前一一時三四分ころ、一番左舷タンクに44.486klが積み込まれ、同タンクの測深管における液位が約1.3mとなったとき、一番左舷タンクと同右舷タンクが、相次いで爆発炎上した(以下、右の爆発を「本件爆発」という。)。
(四) 本件爆発により、本船上で荷役作業に従事していた本船の船長である訴外阿部慶一及び甲板長の訴外鈴木初一の二名が爆風で吹き飛ばされ死亡し、本船は一番両舷タンクを中心に破損、焼損又は曲損等の被害を受け、本件ベンゼンの一部が焼失又は流失した(以下、右の事故を「本件事故」という。)。
3 本件海難審判
(一) 海難審判庁理事官は、本件事故の原因は、ベンゼンを積み込む過程において発生した静電気が、本船のタンク中に設置されていた液面計のフロート部分に蓄積し、フロートとガイドパイプ間で火花放電した結果、その火花がタンク内の液面付近にあったベンゼン混合気に引火して爆発したものであると主張し、指定海難関係人として原告明和海運、被告会社及び三菱石油を、受審人として本船の一等航海士であった訴外沖濱輝美及び一等機関士であった訴外中田清志をそれぞれ指定して、昭和六一年七月三一日、広島地方海難審判庁に対し審判開始の申立てをした(同庁昭和六一年広審第六二号事件)。
(二) 広島地方海難審判庁は、昭和六三年一〇月三一日、「本件爆発は、静電気の影響を十分に究明せずに液面計のフロートにフッ素樹脂製のクッションを装着したため、ベンゼンの積込作業中にフロートに静電気が帯電し、火花放電した結果、爆発限界内のベンゼン混合気に着火したことによって発生したものである。」旨の原因解明の裁決(以下「一審裁決」という。)を言い渡した。
(三) 海難審判理事官は、一審裁決を不服として、高等海難審判庁に対し第二審請求の申立てをし、本件事故の原因について更に高等海難審判庁で審理されることになった(同庁昭和六三年第二審第四〇号事件)。
(四) 第二審の高等海難審判庁は、平成三年四月二五日、第一審同様、「本件爆発は、騒音防止の目的で、本船の一番左舷タンク(以下「本件タンク」という。)内の液面計(以下「本件液面計」という。)のフロート(以下「本件フロート」という。)にフッ素樹脂製クッションを装着するに際し、静電気の帯電について十分に検討することなく、本件フロートをガイドパイプに対し絶縁状態としたことによって発生したものである。」旨の原因解明の裁決(以下「本件裁決」という。)を言い渡した(以上の第一審及び第二審の各海難審判手続を「本件海難審判手続」という。)。
(五) そこで、被告会社は、本件裁決の取消しを求める訴訟を提起したが、東京高等裁判所は平成三年一一月二八日に訴え却下の判決を言い渡し、右判決に対する被告会社の上告に対しても、最高裁判所が同四年七月一四日に上告棄却の判決を言い渡したので、本件裁決は確定している。
二 争点
1 本件爆発の原因は、本件フロートの火花放電であるか否か。
(一) 原告らの主張
本件爆発の原因は、被告会社の設計、製造に係る本件フロートの構造上の欠陥に基づく火花放電によるものである。
(1) 海難審判庁の裁決は、海難原因に関する専門家の公正かつ合理的な統一的見解であるから、海難審判の審理過程が合理的なものである限り、民事事件においても尊重すべきものである。本件裁決は、事故現場及び証拠物の入念な検証と静電気に関する膨大な実験及び鑑定に基づき、本件爆発について想定し得るすべての原因を検討した結果、本件爆発の原因が前記のとおりであると認定したものであって、その判断は、極めて科学的かつ合理的なものということができる。
(2) 本件裁決の事実認定及び判断は、正当なものである。本件爆発の原因は、本件裁決に認定されたとおり、フッ素樹脂製クッションを装着して絶縁された本件フロートが、ベンゼン液の流動によって発生した静電気を蓄積して、一七五〇ボルト以上に帯電し、接地されたガイドパイプとの間で0.49ミリジュール以上のエネルギーの火花放電を発生させ、本件フロート上部付近に存在した約5.8%の爆発範囲内の濃度のベンゼン混合気に着火したことによるものである。
被告会社は、ガイドパイプに対し絶縁状態となるような構造上の欠陥を有する本件フロートを設計、製造し、製造物が本来備えるべき安全性を確保することを怠った過失により、本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づく不法行為責任があり、原告らの被った損害を賠償すべきである。
(3) ところで、本件においては、本件爆発当時の本件フロートの電位等について、別件訴訟(当庁平成元年(ワ)第七二六四号事件)における鑑定人松原美之(以下「松原」という。)による本件裁決と結論を異にする鑑定書が提出されている(乙一一。以下、右の鑑定を「本件鑑定」という。)。
しかしながら、本件鑑定は、① 注油作業中で連続して液体が送り込まれているという過渡的現象としての静電気状態を考慮せずに、電荷密度が一様であることを前提として、本件タンク内の電位分布を静電場の電位解析手法によって求めている点、② タンク内の液の流動及び渦による電荷密度のムラなどの動的要因と静電誘導を考慮していない点、③ 液の導電率を考慮していないため、本件裁決が根拠とした「静電気実験報告書」(乙四の三)の実験結果と整合しない点などにおいて問題があり、本件裁決の認定を覆すに足りる科学的合理性を有するものとはいえない。
(4) また、仮に本件フロート自体の電位が本件鑑定のとおり約二四九ボルトであったとしても、本件にように、ガイドパイプに対して非常にわずかの間隔(1.3ないし1.9mm)で非接地状態の本件フロートの尖ったエッジが面している場合には、不平等電界が形成されて電界強度が増大し、それに伴って本件フロート表面とガイドパイプ間の空間の電位も増大したというべきであるから、右空間の電位の増大による放電に起因する着火の可能性があった。
(二) 被告会社の主張
本件爆発の原因は、本件フロートの火花放電によるものではない。
(1) 本件裁決は、本件タンクや本件液面計の実際の状況とは異なる条件の下で得られた実験結果に基づき本件フロートの静電気の火花放電が本件爆発の原因であると認定しているが、静電気に関する基本的理解が欠如しており、本件海難審判手続において提出された本件フロートが着火源ではない旨の専門家による鑑定結果を何らの反証もないまま排斥し、かつ、被告会社が主張した油面放電(本件タンク内の導油管下端と帯電したベンゼン液面との間の放電)の可能性について十分な検討をせずにこれを排斥しているなど、科学的合理性に欠けるものである。
(2) むしろ、本件鑑定のとおり、本件爆発当時の本件フロートの電位は二四九ボルト以下であって、本件フロートが放電を開始する三〇〇〇ボルトの電位に達していなかったことが明らかであるから(なお、本件裁決においても、本件フロートが放電するためには一一〇〇ボルト以上の電位に達する必要があるとされている。)、本件フロートが火花放電をした可能性はない。そして、仮に本件フロートの電位が約二四九ボルトに達して何らかの放電が発生したとしても、その放電エネルギーは約0.01ミリジュールであって、ベンゼン混合気の最小着火エネルギーに達していなかったことが明らかであるから(なお、本件裁決においても、ベンゼン混合気が着火するためには0.3ミリジュール以上の着火エネルギーに達する必要があるとされている。)、本件フロートが着火の原因となった可能性はない。
(3) また、原告らは、本件フロートとガイドパイプとの間に不平等電界が形成されて電界強度が増大し、そのため放電が十分可能な電位となった旨主張する。しかし、電位と電界強度とは全く別の物理量であり、電界強度が変わってもフロート電位や放電エネルギーの強さは変わらないから、仮に本件フロートが放電したとしても、前述のとおりその放電エネルギーはベンゼン混合気の最小着火エネルギーに到達していなかったことが明らかである以上、本件フロートが着火の原因であった可能性はない。
2 原告らの損害
(一) 原告らの主張
本件事故により、原告明和海運は別紙損害明細書一ないし四記載の合計二億九四〇五万三七二一円の損害を、原告興洋タンカーは同明細書五記載の合計六一九八万円の損害を被った。
(二) 被告会社の主張
原告らの主張する損害額は争う。
第三 争点に対する判断
一 本件フロートの火花放電が本件爆発の原因であるか否かについて
1 本件裁決の位置づけ
原告らは、本件裁決に認定されたとおり、被告会社の設計、製造に係る本件フロートの構造上の欠陥に基づく火花放電が本件爆発の原因であると主張する(前記第二の二1(一)参照)。
しかしながら、本件裁決は海難審判法四条一項による海難の原因を明らかにした裁決であり、かかる原因解明裁決における事実認定は、当該海難に関する他の民事上の損害賠償事件の事実認定を拘束するものではない。そして、右裁決が当該海難と関連する民事上の損害賠償事件において事実上尊重されるとしても、それは一つの証拠資料となるにすぎず、裁判所が右裁決と異なった事実認定をすることは何ら妨げられないものである(最高裁昭和二八年(オ)第一一〇号同三六年三月一五日大法廷判決・民集一五巻三号四六七頁参照)。
2 本件裁決(甲一)における本件爆発の原因の認定の概要
証拠(甲一、五の二、六、八の三、乙三、四の一、一三、一九)によれば、本件裁決は、本件爆発の原因として考えられる着火源及び可燃物の諸要因を検討して、次のような理由により、本件フロートの静電気の火花放電が本件爆発の原因であると認定したことが認められる。
(一) 本件フロートには、ガイドパイプとの接触による騒音防止のために、絶縁性物質であるフッ素樹脂製クッションが装着されている。そのため、本件フロートは、接地されたガイドパイプに対し絶縁された金属導体となり、約一四cmの喫水でベンゼンに浮かんだ状態となっているところ、横浜国立大学工学部文部教官助手で工学博士の小木曾千秋作成の鑑定書(乙三。以下「小木曾鑑定」という。)によれば、作動中最大三二〇ピコファラッドの対地静電容量となることが計測されている。そして、三菱石油作成の「フロートの対液面電位帯電比率確認実験報告書」(甲六)によれば、ベンゼンの液面電位はガイドパイプ外面から一〇cm以上離れるとほぼ一定状態となって最高液面電位に達し、フロート電位の最高液面電位に対する比率(以下「フロートの帯電比率」という。)は平均値で二〇ないし三五%となり、瞬時値では更に高くなることが確認されているから、本件フロートの帯電電位は、ベンゼンの最高液面電位の約三五%となることがあり得るところ、その電位が放電開始電圧に達したときには、春日電機株式会社作成の「フロートの帯電による着火危険性の解明」によれば、上部クッションおさえ端部とガイドパイプとの間で火花放電が発生する。
(二) 本件爆発当時の本件タンク内のベンゼン液位における最高液面電位は、三菱石油作成の「流動電流等計算書」(甲五の二)の計算結果によると四九五〇ボルトであり、消防研究所の川崎正士及び松原作成の「大規模研究施設による流動帯電実験」(乙一三)による絶縁性液体の流動帯電実験によると、大型タンクでは実験室規模の小型タンクでは見られなかった電荷密度の濃いかたまりがタンクの壁面近くにも現れて移動することも判明している。
(三) 実験室において得られた前記の実験結果によれば、液面電位が約五〇〇〇ボルトの場合、フロートの帯電電位は右五〇〇〇ボルトに前記三五パーセントを乗じた一七五〇ボルトとなる。一方、被告会社作成の「SPT―一二〇〇型液面計フロートの静電気放電特性についての実験」(甲八の三)の実験結果によれば、本件液面計と同型の液面計のフロートについては、フロートとガイドパイプの間の放電開始電圧は、摂氏23.5度、湿度四〇%の空気中において一一〇〇ボルトないし三六〇〇ボルトであると認められるので、右フロートの帯電電位の一七五〇ボルトは右放電開始電圧の範囲内にあり、前記のとおり、本件フロートの対地静電容量は最大三二〇ピコファラッドであるから、右フロートの最大放電エネルギーを計算すると0.49ミリジュールとなって、ベンゼンの蒸気濃度が5.8%における着火エネルギーの0.3ミリジュールよりも十分に大きなエネルギーとなる。
なお、帯電及び放電現象には極めて多くの要因が関与しているため、事故発生当時と同一の条件を再現できるとは限らないことは、三菱石油が実施した四四隻の内航タンカーにおける軽油及びA重油の積込み時におけるタンク液面の最高電位の計測値が、二〇〇ボルトから約六〇〇〇ボルトまでの大きな幅の範囲内に分布していたことからも認められる。
(四) 一方、ベンゼン貯蔵タンクから保温材で被覆された荷役管により積み込まれるベンゼン液温は摂氏11.5度であって、本件タンク内の液温もほぼ同じであったと考えられるところ、流し込みによる荷役開始から本件爆発に至るまで約二時間が経過していたから、三菱重工業株式会社高砂研究所作成の「タンク内ベンゼン濃度分布検討結果」によれば、爆発時における液面からある高さでの蒸気濃度を計算式により求めた結果は、液の表面において約6.3%、フロート上部付近で約5.8%、液面から上方約一mで約1.3%となり、同タンク内にはベンゼン液の表面から高さ約一mの空間に爆発範囲の濃度のベンゼン混合気が存在したことになる。
(五) したがって、本件タンク内の液面付近には爆発範囲の濃度のベンゼン混合気があり、本件フロートからの静電気の火花放電が着火源になったものと考えられる。
(六) 以上によれば、本件爆発は、本件タンク内において、フッ素樹脂製クッションを装着して絶縁された本件フロートが、流動帯電によるベンゼン液の静電気を蓄積して一七五〇ボルト以上に帯電したため、接地されたガイドパイプとの間で0.49ミリジュール以上のエネルギーの火花放電を生じ、同フロート上部付近に存在した約5.8%の爆発範囲の濃度のベンゼン混合気に着火して爆発したものであると認められる。
(七) なお、東京理科大学教授で静電気学会副会長でもある理学博士の葛西昭成が作成した「モデルによるタンク内の液面電位分布解析とフロートの電位推定」と題する鑑定書(乙四の一。以下「葛西鑑定」という。)には、被告会社から示された比誘電率、電荷密度及び液位等に基づき、液の導電率を零、電荷密度をタンク内で一様と仮定し、タンクを円筒形として円筒座標による特定の条件下で理論解析を行ったところ、最高液面電位は約六六〇〇ボルト以下、フロート電位は約一三〇ボルト以下という結果が得られたとの記載がある。しかし、本件タンクは形状が複雑で内部に多数の凹凸があったのであり、本件爆発の直前、一番両舷タンクそれぞれに、平均毎分2.841klの流量でベンゼンが積み込まれ、液位が毎分約8.5cmずつ上昇しており、ベンゼン貯蔵タンクから本船に至る配管中を流れる過程で流動帯電したベンゼンが、ベルマウスを経て右のような形状の本件タンク内に放流されるとき、本件タンク中での流動により大小の渦や乱流を生じ、更に帯電が累積されて、液面のところどころに高電位部分を発生させている状態であった。したがって、電荷密度や液面電位等は時間的かつ場所的に複雑に変動していたから、静的な特定の条件下で得られた葛西鑑定の結論を採用することはできない。
3 本件裁決における本件爆発の原因の認定過程の検討
以上のとおり、本件裁決は、① まず、本件爆発時における本件フロートの帯電電位が一七五〇ボルトであった、② 右の帯電による火花放電が発生し得た、③ その放電エネルギーで周囲の可燃性混合気に着火し爆発した、との認定をした上で、本件爆発の原因は本件フロートとガイドパイプとの間の静電気の火花放電である、と結論付けていることが明らかである。
そこで、以下においては、右①ないし③の各認定の妥当性について検討をする。
(一) 本件フロートの帯電電位について
(1) 本件裁決が根拠とする実験結果の妥当性について
本件裁決は、前記のとおり、本件爆発当時の本件タンク内の最高液面電位を約五〇〇〇ボルトと推定した上、フロートの帯電比率が最大三五%であるとの実験結果に基づき、本件フロートの帯電電位が一七五〇ボルトであったと認定している。
しかし、証拠(乙一一〔本件鑑定〕、一七、一八)によれば、フロートの帯電比率は、タンクの形状に大きく影響されること、また、一般に幾何学的に相似形のタンクの場合、液面電位は電荷密度と寸法(相当する部分の長さ)の二乗の積に比例し、相似形のタンクに油を充填する場合、充填条件が同一であれば電荷密度は寸法の三乗に反比例するので、全体として液面電位はタンクの寸法に反比例して低くなるという関係にあること、さらに、接地金属でできたタンク壁は液面電位を引き下げる方向で静電場に最も重要な影響を与える要因であること、などが認められる。
そして、本件裁決によれば、① 本件タンクは、八一番フレームから六九番フレームまでの長さ7.32mの間に設けられ、縦隔壁と船側外板間の横幅が、船首側横隔壁上端で約4.7m、下端で約3.3m、船尾側横隔壁上端、下端でいずれも約五mであり、船体中心線における深さが、船首側及び船尾側とも約四mであった、② 船首側横隔壁と縦隔壁に接して、上甲板からタンク底まで長さ約0.81m、横幅0.92mのバラストタンク点検用トランクが船尾方に張り出し、タンク底は、船底外板に沿って舷側で一五〇mm上がっていた(別紙図面三ないし五参照)、③ タンクの容積は134.966m3であった、④ 船首側の横隔壁は平鋼板が使用されていたが縦隔壁及びその余の横隔壁には波型鋼板が使用されており、内部が導電性の良好なリチウムシリケート系無機質ジンクリッチペイントで塗装されていた、というのである。
ところが、本件裁決がフロートの帯電比率を認定するに当たって根拠とした前掲「フロートの対液面電位帯電比率確認実験報告書」(甲六)における実験において用いられた容器は、幅55.5cm、長さ69.5cm、高さ六二cmの導電性を有しないプラスチック製の浴槽であり、本件タンクと形状や寸法も全く異なっており、しかも、右実験は、右容器に油を満たして液面計を設置し、エアー駆動式ポンプで油を循環させて強力に帯電させ、油の液面電位が安定した状態でフロートの帯電比率を求めたものである。このように、右実験においては、フロートの帯電比率に重要な影響を及ぼす諸条件が本件とは大きく異なり、かつ、本件タンク内に設置されていたサウンディングパイプ(測深管)の影響も全く考慮されていないため、右実験結果をそのまま本件の場合に適用することはできない。
したがって、本件裁決が、右のような実験結果から得られたフロートの帯電比率三五%を、約五〇〇〇ボルトと推定した液面電位に乗じて、本件フロート電位を一七五〇ボルトと認定したことは、相当でなかったと考えられる。
(2) 本件海難審判手続において提出された他の証拠との整合性について
証拠(乙一九)及び弁論の全趣旨によれば、本件海難審判手続において証拠として提出された、春日電機株式会社作成の「フロートの帯電による着火危険性の解明」には、本船とほぼ同一サイズのタンカー(第八さくら丸)のタンク内に液面計を入れ、通常の充填作業と同一の条件で軽油を充填した場合のフロート電位を計測したところ、感度一〇〇〇ボルトの静電電圧計では測定できない程の電圧しか発生しなかった旨の記載があり(同実験は、労働省産業安全研究所の二名の技官が関与してされている。)、これによれば、積み込まれる油の導電率の差違等を考慮したとしても、液面計フロートの電位が一〇〇〇ボルトをはるかに超えて本件裁決により認定された一七五〇ボルトに達することは通常の荷役条件下では考えられない。
(3) 葛西鑑定及び本件鑑定の内容について
葛西鑑定は、前掲「流動電流等計算書」(甲五の二)と同様にベンゼンの液温が摂氏11.5度、導電座が1.38ピコジーメンス、比誘電率が2.2、タンク内のベンゼン電荷密度が2.46×10-7であることを前提として、被告会社が提出した資料に基づきフロートの喫水を一四四mm、タンク液位を1.3mとして、「フロートは円筒形タンクの中心軸に位置する。」、「静電場計算にあたって貯蔵液体の導電性を考えに入れない。」との二つの単純化をした条件下で、松原が考案した理論解析の手法により最高液面電位及びフロート電位の解析をしたところ、接地されたガイドパイプはフロートの電位を下げる方向に働き、最高液面電位は六八〇〇ボルト以下であり、フロートの帯電電位は一三〇ボルト以下であったとの結論が得られたことを明らかにしている。
また、本件鑑定は、基本的には葛西鑑定と同一の解析方法によったものであるが、葛西鑑定における右の単純化を改め、タンクの形状、大きさ(前掲「流動電気等計算書」〔甲五の二〕で用いられた数値と同じ、幅五m、長さ7.3m、高さ4.0mの直方体であるとした。)及びフロートの取付位置などを本件タンクと同様のものとし、タンク内構造物であるサウンディングパイプの存在を考慮に入れ、貯蔵液体が導電性を有する場合の静電場解析も行って、本件爆発当時と同様の条件の下で解析を行った結果、タンク壁近くのフロートの存在及びサウンディングパイプの存在はフロートの電位を下げる方向に働き、油が導電性であることはフロートの電位を上げる方向に働くものであり、本件タンクの最高液面電位は六七七七ボルトであって、フロート電位は最大でも二四九ボルトにすぎないものであったと推定している。
(4) 本件鑑定の問題点の有無について
ところで、原告らは、本件鑑定の解析手法には次のような問題があり、その結果には合理性がない旨主張するので、この点につき検討する。
① 電荷密度を一様としたことについて
原告らは、本件鑑定が、注油作業中で連続して液体が送り込まれているという過渡的現象としての静電気状態を考慮せずに、電荷密度は一様であることを前提として、本件タンク内の電位分布を静電場の電位解析手法によって求めている(電荷密度が一様となった最終の状態についてのタンク内の電位分布を求めている)点で妥当でない旨主張する(前記第二の二1(一)(3)①参照)。
しかし、証拠(乙一一〔本件鑑定〕、一七、一八)によれば、注油に伴ってタンク内の電荷が増加するが、タンク内の電荷はタンク壁や配管などの接地された構造物を通して散逸するので、注油開始後一定の時間が経過するとタンク内の電荷量は一定量を保つようになることが認められ、「流動電流等計算書」(甲五の二)によれば、ベンゼンの導電率及び比誘導電率から導かれる緩和時間は14.1秒であって、その三ないし四倍の時間が経過すると電荷量は一定になることが認められる。ところで、本件爆発は注油開始から約一五分後に発生しているから、その時の本件タンク内のベンゼン液中の電荷量はほぼ一定量に保たれていたものと考えられる。
また、証拠(乙一一〔本件鑑定〕、一七、一八)によれば、一〇〇kl規模の大規模タンクを用いた実験の結果、電荷密度の空間的分布が一様であることを前提としても、タンクへの流入電流値を基準として、定常状態又は過渡的状態においてタンク内部に蓄積される電荷量(あるいは油面の電位)をかなりの精度で測定し得ることが判明したと認められることに照らせば、タンク内の電荷密度とその分布に関する厳密な分析を行うことが困難な状況下においては、電荷密度を一様と仮定しても、電位分布の計算結果が著しく実際と異なる結果になるものではないかと考えられる。
以上によれば、本件鑑定が電荷密度は一様であることを前提として本件タンク内の電位分布を静電場の電位解析手法によって求めているとしても、これをもって合理性に欠けるものということはできない。
② 動的要因を考慮していないことについて
原告らは、タンク内の液の流動及び渦による電荷密度のムラなどの動的要因及び静電誘導を考慮していない点で本件鑑定には合理性がない旨主張し(前記第二の二1(一)(3)②参照)、中村康宣作成の意見書(甲一五)にも、右と同旨の記載がある。
しかし、証拠(乙一一〔本件鑑定〕、一七、一八)によれば、タンク内の液体が流動し、フロートとの接触により帯電することを、現象として想定することは可能であるが、静電気発生量は、接触し合う二種の物質の相対速度に大きく依存するところ、タンク内での液体の流動速度は配管内のそれに比較すると著しく小さいと認められることに照らせば、原告ら主張のような動的要因は無視し得るものと考えられる。すなわち、証拠(甲一)及び弁論の全趣旨によれば、本件ベンゼンは、先端にラッパ状のベルマウスを持ちタンクの底に対してほぼ垂直な導油管とタンク底板の透き間(二五mm)を通ってタンク内に流入し(別紙図面五参照)、タンク底板に沿って広がるものであり、また、ベルマウスとフロートは平面距離で約3.5m離れた距離にあり、さらに、液面は、毎分約八cmのほぼ一定速度で緩やかに上昇し、本件爆発時にはタンクの底から約1.3mに達し、フロートは約一三cmの喫水で液面に浮いた状態にあったことが認められるから、帯電した液体が流動して激しくフロートに接触する事態を想定することは困難である。したがって、本件鑑定が、原告主張のような動的要因を考慮していないとしても、これをもって合理性に欠けるものということはできない。
また、証拠(乙一一〔本件鑑定〕、一七〔八ないし九頁〕)によれば、葛西鑑定及び本件鑑定で用いられた計算手法は、静電誘導を考慮に入れたものであることが認められる。
なお、本件裁決が根拠とした「静電気実験報告書」(乙四の三)には、導電率が1.0ピコジーメンス程度以上になると液体の電荷分布が均一でなくなること、液体の帯電量が飽和していない状態でフロートが絶縁されるとフロートは静電界の変化に伴い瞬時に起こる静電誘導の影響を受け、フロート付近の液体の帯電量が急に変化した場合などには、フロート電位の急激な変化をもたらすことなどの記載があり、同じく「大規模研究施設による流動帯電実験」(乙一三)には、大型タンクでは小型タンクでは見られなかった電荷密度の濃い固まりがタンクの壁面近くにも現れて移動すること、液面電位分布の測定結果は、本件鑑定で用いた計算結果のような均一な電位勾配とはならず、タンクの中央以外にも液面電位の高い部分があることなどの記載がある。しかしながら、前記の認定説示に照らせば、右の各記載は、本件鑑定が合理性に欠けるものではないとの前記の判断を覆すに足りるものではない。そして、「大規模研究施設による流動帯電実験」(乙一三)及び弁論の全趣旨によれば、仮に電荷密度の濃い固まりが本件タンク内で発生して本件フロートに接触することがあったとしても、フロート電位の上昇の割合は一五%程度にすぎないことが認められるから、フロート電位は、本件鑑定が推定した二四九ボルトを1.15倍した二九〇ボルトにすぎないものであったと考えられる。
③ 導電率に関する他の実験結果との整合性について
原告らは、本件鑑定は液の導電率を考慮していないため、本件裁決が根拠とした被告会社作成の「静電気実験報告書」(乙四の三。別紙図面八参照)の実験結果と整合しない点で合理性に欠ける、すなわち、右報告書には、フロートの帯電比率は、液の導電率と共に上昇し、導電率が0.1ピコジーメンスの場合には四ないし二五%であったのに対し、導電率が1.0ピコジーメンスの場合には三五ないし六〇%に増大したとの実験結果が示されているところ、ベンゼンの導電率は1.38ピコジーメンスであるから、フロートの帯電比率は六〇%よりも更に大きな数値となるべきであるが、本件鑑定は右帯電比率を数%とする結果になっており、右の実験結果と矛盾している旨主張する(前記第二の二1(一)(3)③参照)。
しかし、証拠(乙一一〔本件鑑定の一一ないし一二頁〕、一七〔二頁〕、一八、一九)によれば、本件鑑定は、液体の導電率についての考慮も十分した上で、本件タンク内の電位分布を静電場の電位解析手法によって求めていることが明らかである。そして、右証拠によれば、フロートの設置される位置がタンクの中心から離れるに従って、フロート電位は低下し、逆に最高液面電位は上昇するため、フロートの帯電比率は小さくなること(この結果は、前記「静電気実験報告書」においても示されている。)、及び、円筒形タンク内での実験結果を記載した「静電気実験報告書」(乙四の三)においては、タンクの中心から一定の距離をおいた計測地点における電位をもって最高液面電位としているが、そのような結果となるのは、フロートがタンクの中心にある場合のみであって、フロートの位置がタンクの中心から離れるに従って、最高液面電位を示す位置はタンクの中心方向に移動し、右の位置における電位は右の計測地点における電位よりも一層高くなる傾向にあることが認められる。右によれば、「静電気実験報告書」(乙四の三)に記載された前記のフロートの帯電比率に関する実験結果は、円筒形タンクの中心にフロートが位置する場合には採用することができるとしても、タンクの中心から離れた位置にフロートが設置されている本件のような場合には採用することができないものと考えられるし、本件タンクの形状とタンク内における本件フロートの位置関係に照らせば(別紙図面四及び五参照)、本件鑑定においてフロートの帯電比率が数%である結果(249ボルト÷6777ボルト=0.0367)となっている点につき特に問題があるものとは認められない。
なお、本件鑑定(その添付資料五)によれば、松原が本件鑑定と同じ解析手法により円筒形タンク内のフロートの電位を計算したところ、フロートの帯電比率は約二五%であったという結果を得ており、これは、「静電気実験報告書」(乙四の三)に記載されたフロートの帯電比率に関する実験結果と概ね一致するものである。右のように、本件タンクとは形状や大きさ及びフロートの位置などの条件が全く異なる円筒形タンクを用い、かつ、その中心にフロートが位置する場合を想定すれば、本件鑑定で採用された解析手法によって得られる実験結果と「静電気実験報告書」(乙四の三)の実験結果との間に特段の相違は認められないことに照らしても、本件鑑定で採用された解析手法は合理性に欠けるものではなかったと考えられる。
④ 右のとおり、本件鑑定の解析手法について原告らが主張するような問題点はないこと、また、本件鑑定は、タンクの形状、大きさ及びフロートの取付位置などを本件タンクと同様のものとし、タンク内構造物であるサウンディングパイプの存在を考慮に入れた上で、貯蔵液体が導電性を有する場合の静電場解析を行ったものであることなどに照らせば、本件鑑定の結果は、十分信頼することができるものということができる。
(5) 本件フロートの帯電電位についてのまとめ
以上の認定説示(① 本件裁決が本件フロートの帯電比率を三五%と認定する根拠とした「フロートの対液面電位帯電比率確認実験報告書」〔甲六〕の実験結果には疑問があること、② 本件海難審判手続において証拠として提出された「フロートの帯電による着火危険性の解明」においては、本船とほぼ同一のサイズのタンカーを用いてフロート電位を計測したところ、感度一〇〇〇ボルトの静電電圧計では測定できない程の電圧しか発生しなかったこと、③ 本件鑑定によれば、フロート電位は最大でも二四九ボルトにすぎないものであったと推定されることなど)を総合すると、本件爆発時における本件フロートの帯電電位が一七五〇ボルトであったとの本件裁決の認定は、これを裏付けるに足りる根拠に欠けるものというべきであって、右の帯電電位を前提として本件爆発の原因を推論することは、相当ではないものというべきである。
なお、中村康宣作成の意見書(甲一五)には、最高液面電位は二万五〇〇〇ないし三万ボルトであり、この場合のフロート電位は三〇〇〇ボルトとなる旨の記載がある。しかし、その数値の根拠は明確ではなく、また、右意見書の根拠とされる簡易実験は、本件とは全く異なる条件下で行われたものであることが明らかであるから、右の数値を本件のフロート電位の推定に用いることはできない。
(二) フロートとガイドパイプ間の放電開始電圧及びフロート放電の可能性について
本件裁決は、「SPT―一二〇〇型液面計フロートの静電気放電特性についての実験」(甲八の三)の結果から放電開始電圧を一一〇〇ないし三六〇〇ボルトと認定している。
しかし、証拠(乙九、一九)及び弁論の全趣旨によれば、右実験では、本件液面計とはフロートとガイドパイプの透き間の寸法が異なるもの(放電ギャップが本件液面計より小さくなる構造のもの)が使用されていること、及び、被告会社作成の「第六明和丸の液面計フロート三個の計測データ」(乙九)に示されているとおり、被告会社が本船の他のタンクに取り付けられていた本件液面計と同一ロットの液面計で、前記透き間の寸法も本件液面計とほぼ同一のものについて、放電ギャップが本件液面計とほぼ同じ条件の下で合計二五六回の放電実験を行った結果によれば、放電開始電圧は最低でも三四〇〇ボルト、最高で六四〇〇ボルトであり、最も放電する可能性の高い帯電電圧は四五〇〇ないし五五〇〇ボルトの間に分布しているとの実験結果が得られたことが認められる。右の事実に照らせば、放電開始電圧が一一〇〇ないし三六〇〇ボルトであるとの本件裁決の認定には、疑問が残る。
(三) 放電した場合の着火可能性について
また、本件裁決は、本件フロートの静電容量は最大三二〇ピコファラッドであって、本件フロートの帯電電位が一七五〇ボルトのときの最大放電エネルギーは0.49ミリジュールとなるところ、本件爆発時における本件フロート上端部のベンゼン蒸気濃度は5.8%で、最小着火エネルギーは0.3ミリジュールであったから、本件フロートは着火源となり得るものであったと認定している。
しかし、証拠(乙三〔小木曾鑑定〕、一〇、一九)及び弁論の全趣旨によれば、本件フロート上端付近のベンゼン蒸気は、ほぼ飽和濃度であったこと、及び、本件裁決が認定した5.8%の濃度分布では、仮に着火したとしても本件タンク強度を超えるような爆発圧力には至らない可能性が極めて高いことが認められる。また、本件鑑定によれば、本件フロートの帯電電位は、仮に電荷密度の濃い固まりが本件タンク内で発生して本件フロートに接触した可能性があることを考慮しても、最大で二九〇ボルトにすぎなかったと考えられるから(前記3(一)(4)②参照)、本件裁決が認定した本件フロートの静電容量三二〇ピコファラッドを前提とすると、放電エネルギーは多く見積もっても約0.0135ミリジュールにすぎず、本件裁決が認定した最小着火エネルギーとされる0.3ミリジュールを基準とすれば、着火の可能性はないことが明らかである。したがって、本件フロートの火花放電による放電エネルギーによりベンゼン混合気に着火して爆発したとの本件裁決の認定には、疑問が残る。
(四) 電界強度の増大による放電の可能性について
原告らは、仮に本件フロート自体の電位が本件鑑定のいうとおり約二四九ボルトであったとしても、本件のように、ガイドパイプに対して非常にわずかの間隔で非接地状態の本件フロートの尖ったエッジが面している場合には、不平等電界が形成されて電界強度が増大し、それに伴って本件フロート表面とガイドパイプ間の空間の電位も増大したというべきであるから、右空間の電位の増大による放電に起因する着火の可能性があった旨主張する(前記第二の二1(一)(4)参照)。
しかし、本件全証拠によっても、電界強度の増大に伴う右空間の電位の増大による放電が発生した事実を認めることはできない。
(五) 小括
以上のとおり、本件裁決が、本件爆発時における本件フロートの帯電電位を一七五〇ボルトと認定したこと、及び、放電開始電圧を一一〇〇ないし三六〇〇ボルトと認定したこと、並びに、本件フロートの火花放電によりベンゼン混合気に着火して爆発したと認定したことは、いずれもその根拠が十分ではないものというべきであり、本件爆発の原因についての本件裁決の認定判断は、採用することができない。
そして、他に、本件フロートの火花放電が本件爆発の原因であるとの原告の主張事実を認めるに足りる証拠はない。
二 結論
よって、本件爆発の原因が被告会社の設計、製造に係る本件フロートの構造上の欠陥に基づく火花放電であることを認めるに足りる証拠はなく、これを前提とする原告らの本件各請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官井上繁規 裁判官横溝邦彦 裁判官市川智子)
別紙<省略>